2012.04.21 Saturday

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2012.04.21 Saturday 05:47

ブログ再開

前回の更新からまた期間が空いてしまいました。

2月にESOL Level1のスピーキング&リスニングとESOL for Work Entry3の試験がありましたが無事合格することができました。
ESOL Level1というとケンブリッジ英検で言えばFCEくらいのレベルだと思います。
ずっと昔にFCEを受験しましたが、無残に不合格。
あの頃と比べたら会話力は随分ついた気がします。

今はコミュニティーインタープリティングコース(病院や裁判所などの通訳コース)とESOL for Work(就職に必要になる英語力を養成するコース) Level1を始めました。
あと、今後のこれから何をしていこうかな・・・・・・と考えた末、日本語教師にも興味を持ち始めたのでコースを取ることにしました。
来年の教師デビューを目指して頑張ります。
もちろん生徒さんには英語で文法など説明しなくてはいけないシーンが出てくるので、英語も頑張らないと・・・とにかく今年は忙しくなりそうです。

2011.05.22 Sunday 03:23

再開

また長らく放置しすぎてパスワードすら思い出せないくらいでした。あはは。

前回の日記にも書きましたが、家でカリカリ勉強ばかりしてると実際に話すときに臆病になってることが分かってきたので、ひとまずガリ勉はやめました。
その後は家で気が向いたときにテキストを開いたり、瞬間英作文をほんの少しだけやってみたりというレベルで特には何もせず、早い話がサボってたわけです(笑)

それでも日常的には必要に迫られて英語を読んだり書いたり話したりしないといけないので、やっぱり英語の勉強は必要です。
そんな折、無料託児所がついてる英語クラスを見つけて、1ヶ月前くらいから通い始めました。
週にたった1時間だけですが、自分の話したいトピックスを話して、言い方がおかしいところやボキャブラリー、会話表現など色々と教えてもらっています。
クラスメイト同士で質問したり、されたり、これもとてもいいトレーニングになっています。

上の子が9月からフルタイムになるので、それを機にESOL(English for Speakers of Other Languageの略)コースに通おうとローカルのアダルトスクールに問い合わせたら、早速インタビューをしてくれて、来月から行けることになりました。
突然に行けることになったので、子供のベビーシッター探しに今奔走中です。

学校に行くのは本当に久しぶりなので楽しみです。

ということで近況でした。


2011.01.12 Wednesday 07:17

随分と放置してしまいました・・・

気づけば2ヶ月以上も放置・・・

ひたすら自主練をやっていましたが、何のための英語学習なのか本末転倒になってきました。
英語をうまく話そうとばかり考えすぎて、人と気軽に話せなくなってる自分。
これだったらいくら変な英語でも頑張って伝えようとニコニコと話してる方がよっぽどか通じる(心が通じ合える)ということに気づきました。

日経ビジネスオンラインのコラムにはっと気づかされました。
長いですがどうぞ。


楽天・三木谷会長の英語にツッコむ日本人の本末転倒


私は英語を話す時、アメリカ人の前では緊張しないが、隣に聞き耳を立てる日本人がいるとやたらと緊張する。

 「帰国子女のわりには、発音が悪い」

 「帰国子女のわりには、文法がおかしい」

 そんなことを言われそうな気がするのだ。

英語が完璧でないと“嘲笑”の的にする日本人
 実際に言われたことはない。面と向かってはない。だが、きっと陰で言われている。だって、私の英語は南部なまりだし、子ども英語だし、何と言っても、そうやってあーだこーだと批判する日本人を、これまで幾度となく見てきたからである。

 楽天の三木谷浩史会長兼社長が、「英語の社内公用語化」を発表した時にも、三木谷氏自身の英語力を疑問視する意見がネットで上がっていた。

 「ジャパニーズイングリッシュ」

 「発音悪い」

 「原稿を暗記したのでは?」

 きっと完璧なアクセントと発音と文法で話せる日本人たちが、恐らく完璧な英語をお話しになる方々が、あーだこーだと言っていたのだろう。

 多少なまっていようと何だろうと、いいじゃないか。通じればいい。そう思うのだが、ビジネスの世界ではそうではないらしい。きれいな発音、アクセント、完璧な文法で話さないと、たちまち“嘲笑”の的となる。

 そこで今回は、外国語とコミュニケーションについて、考えてみようと思う。

ベトナム人留学生は丁寧な日本語を話したが…
 先日の晩、テレビでニュースをぼ〜っと見ていた時のこと。外国人留学生を対象にした企業合同説明会の様子が流されていた。

 画面にはベトナムから留学しているという女性が映し出され、「あなたのアピールポイントは何ですか?」と、面接官とおぼしき男性が彼女に聞いていた。

 ベトナム人女性は、まっすぐに男性を見つめ、至極、丁寧な日本語で、ゆっくりと次のように答えた。

 「どんな難しい課題であっても、どんなに厳しい目標を与えられても、どうにかして達成させるように自分で考えて、行動し、一つひとつ課題をクリアしていくことです」(若干、文言は違っているかもしれないが、こういうような趣旨のことを語っていた)。

 とても好感の持てる話し方だった。えらい! 素直にそう思えた。熱意も伝わった。自分の部下に彼女のような人がいたら、それだけで頼もしいだろう。きっと異国の地から、言葉も文化も違うこの日本という国に来て、いろいろと苦労したのだろう。そんなことまで想像した。

 外国人留学生の数は2009年5月時点に13万2720人を記録し、過去最高を更新した。同時に、母国に戻らず日本で就職活動をする外国人留学生が年々増えているという。

 一方、日本企業もグローバル化で海外人材を求める企業や、外国人留学生に「ガッツがある」と熱い視線を送る企業も多く、来年度に外国人留学生を採用する企業は21.7%。今年度の実績(11.7%)のほぼ2倍に達する。

 先日も、大手家電メーカーのパナソニックが、来年度に採用予定の1390人のうち約8割の1100人を「グローバル枠」という形にして、外国人や留学生を採用する方針であることを明らかにしている。

 ちなみに、新卒採用した外国人留学生の配属先は、約8割の企業が「日本での勤務」としていて、「海外での勤務」は1.0%にとどまっている。

 日本で勤務するには、日本語も話せなくてはならない。ベトナムから来た彼女も、一生懸命日本語を勉強したのだろう。

 ところが、である。

 面接終了後、その面接官の男性にディレクターが感想を求めた。すると、「とても前向きで、良い人材だってことはよく分かりました。でも、日本語のアクセントが気になるかもしれませんね」と言ったのだ。

-------

確かにそういった。「アクセントが気になる」と彼は指摘し、「良い人材かもしれないけれど……、どうだろうね?」というニュアンスで言ったのだった。

 え? アクセントそんなに変だったっけ?

 私には全く気にならなかったが、採用する企業としては、「もっときれいな日本語をしゃべれないと、ね」ということなのだろうか。

 うん? てことは、もし、お国なまりの抜けない学生がいたら、「いやぁ、人材としてはいいと思いますけど、なまっているからダメだね」。

 もしバリバリの関西弁だったら、「いやぁ、なかなか良い人材だとは思うけど、関西弁がちょっとね。うちは東京の会社だからね」となるのだろうか。

 いやいや、そんなことはないだろう。ましてや、今、そこにいる日本人のいったいどれほどが、完璧なアクセントで標準語を話しているというのか。

私に日本語の先生役を頼んだ中国人留学生
 そういえば大学院で学んでいる時に、中国からの留学生が「日本語をしっかり話せないと、良い評価が得られない」と修士論文発表会の際に語ったことがあった。

 彼女は十分に日本語が上手だったし、論文は英文で執筆していたし(英語で書いた方が評価されることが多い)、何も心配する必要はないとも思うのだが、そう言っていた。

 「薫さん、これに録音してもらえますか?」と、彼女は発表原稿とレコーダーを私に預けた。

 「え? この原稿を私が読むの?」

 「はい、それを聞きながら、アクセントを直します」

 「ゲッ。私、カツゼツ悪いし、あんまり参考にならないと思うけど……」

 「お願いします。留学生には日本人厳しいから。薫さんのテープに合わせて発表の練習をします」

 お天気キャスターであっても、アナウンサーじゃない。カツゼツの悪さには定評があっただけにかなり戸惑った。が、彼女の熱意に押されて録音した。ものすごく緊張した。自分の発表だって、そこまで考えたことはない。

 日本人は日本人の英語に厳しいだけでなく、日本にいる外国人の日本語にも厳しいのだ。

 もし、企業が外国人留学生の採用を増やしたり、社内で英語を公用語化したりする目的が、世界と、世界の人たちとの壁をなくし、コミュニケーションを円滑にすることにあるならば、最低限の日常会話ができるレベルの日本語力や英語力があれば十分だろう。

 正式な交渉でもあるまいし、英語の弁論大会でも日本語教師になるための面接でもないわけで。コミュニケーションが取れればそれでいいじゃないか。

コミュニケーションは、言葉の伝達だけではない
 コミュニケーションに関する定義は126種類以上あると言われているが、送り手からのメッセージの意味を決定するのは本質的に受け手、という点では見解が一致している。

 受け手は、相手の話し方、身振り、手振り、話す速度、視線といった様々な要素やその場の空気から、「自分が相手にどう思われているのか?」「相手が何を伝えようとしているのか」を感じ取る。つまり、コミュニケーションは単に「言葉」の伝達ではなく、メッセージの伝達なのだ。

 相手に自分の気持ちを伝えるためには、言葉選びも大切だろうし、アクセントに気をつける必要もあるだろう。だが、そんな表面的なことよりも、「何を、誰に」伝え、自分がどれほど相手に伝えたい、という気持ちがあるかどうかの方がより重要だ。

 もちろん言葉が上手な方がいいに決まっている。だが、問題の本質はアクセントや文法うんぬんではないはずだ。

 仮に自社の商品を外国語を使って売り込む場合を考えてみよう。その商品の良さやそれをなぜ売りたいと思うのか、どれほどその商品を自らが知っていて、愛情を持っているかを伝える方が、その人の“外国語”はネイティブに届くものとなる。

 当然ながら、正式な文書では、それなりの語学力が必要となる。だが、書く力と話す力は全くの別物だ。いったい企業は、いや、完璧にこだわる日本人は、何を求めているのだろうか。

------

私は小学校4年生の時に、父の仕事の都合でアメリカのアラバマ州のハンツビルという街に移り住んだ。

 英語など全く話せない。自分の名前をローマ字で書くのがやっとの時だった。しかも、ハンツビルに住む日本人はうちの家族ともうひと家族だけで、完全なアウェーだった。

 引っ越して、数日たったころだっただろうか。隣の家に私より3つほど年上のお姉さんがいて、近くの公園に遊びに連れていってくれた。初めて、異国の地でできた“友だち”だった。

異国でできた友だちとの最初のコミュニケーション
 とはいえ、何を言われても言葉が分からない。あまりに私が分からないので、お姉さんも一緒にブランコを漕ぐだけで、何も話しかけようとしなくなった。

 そんな空気に、私は子どもなりに、「ヤバイ。何か話さなくちゃ」という気持ちになった。

 そこで、「ワッチャーネーム?」と、日本にいる時に英語教室で教わったフレーズを口にした。

 ワッチャーネーム? あなたの名前は何ですか?

 “友だち”の名前を知りたかったのだ。

 ところが、何度「ワッチャーネーム?」と聞いても、ちっとも“友だち”には通じない。

 「ワッチャーネーム?」と私が聞き、「ワッチャーネーム???」と、お姉さんが聞き返す。

 たぶん1時間くらいはそんなやりとりが続いたように記憶している。

 そこで私は、胸に自分の手を当てて、「カオル」と言い、その手をお姉さんに向けた。幾度となく、その動作と、「カオル」というのを繰り返した。

 すると、「オー!! キャオル! アイム・ミリンダ」と言って、お姉さんは自分の手を胸に当てた。

 「ミリンダ?」と私が言うと、「イエス、ミリンダ。マイ・ネーム・イズ・ミリンダ。ユア・ネーム・イズ・キャオル」とゆっくり言った。やっとコミュニケーションが取れたのである。

 その時に私は初めて知った。ワッチャーネーム? のネームが名前だったということを。だったら、ネーム? とだけ言えばよかったのだ。

 その後は、ミリンダがいろいろと質問してくるのだが、これまた分からない。すると、ハッピーバースデーの歌を歌って、砂場に1年のカレンダーをかいて自分の誕生日に〇をつけ、「キャオル?」と聞く。そして、私が〇を付ける。そんなやりとりが続いた。

 やっとミリンダと心が通じたのだ。うれしかった。それから毎日のように、彼女に遊んでもらった、

エレメンタリースクールでは「スマイルチャンピオン」に
 ところが、ミリンダは学年が違う。彼女はミドルスクール。私はエレメンタリースクールだった。しかも、何とそのエレメンタリースクールで、私は初めての外国人だったのである。

 よほど初めて見る黒い髪の少女が珍しかったのか、休み時間ごとに私の周りにはたくさんの人だかりができた。

 私が覚えた、「ネーム?」というフレーズを使う間もなく、ひっきりなしに、皆が一斉に話しかけてくる。当然ながら、何を言われてもちっとも分からない。

 そこで、ひたすらニコニコした。何を言われても、ニコニコした。するとニコニコしているだけなのに、転校して1週間目には友だちの家に寝袋を持って泊まりに行ったし、1カ月後にはキャンプに参加していた。

 どうやってコミュニケーションを取っていたのか。今となっては思い出せない。だが、ニコニコしながら、ミリンダと身振り手振りで、砂場に絵を描きながらでもコミュニケーションを取ったように、クラスメートともどうにかやりとりしていたのだろう。

 ニコニコしていたおかげで、私はその年の“スマイルチャンピオン”となって、学校で表彰された。そして、いつの間にか現地の子どもたちと電話でやりとりができるほど日常会話には困らなくなったのである。

 ところが、日本に帰国した後、英語のテストで100点はどうやったって取れなかった。英語のテストで意味をしていることがちっとも理解できなかった。現在進行形だの、何だのといった文法で質問されてもちっとも分からない。英語が嫌いになった。通じるのに、理解できない。そんな英語がつまらなく思えたのだ。

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私がアメリカで身に付けたのは、“通じる英語”だけじゃなかった。感受性の強い思春期を、言葉の分からない異国の地で過ごした影響だろう。やたらと洞察力というか何というか、相手が何を考え、どう思っているかを感じるアンテナは敏感になっていたのである。

 恐らく、言葉の分からないアメリカ人に囲まれ、無意識に相手が自分に何を伝えようとしているかを考えながらコミュニケーションを取っていたので、そういう力が強まったのだろう。

 しかしながら、日本では、その“力”が邪魔になった。人間関係では、時に鈍感なほど相手の感情に気づかない方がうまくいくことがある。中学、高校という難しい年頃だっただけに、相手の言葉にはない、相手の気持ちを感じてしまうことで、疲れ果てた。空気を読めという日本で、空気を感じすぎるとうまくいかないことの方が多かったのだ。

 そこで、無理やりその“力”を封じ込めようと、鈍感になろうと努力した。おかげで、今ではその“力”はすっかり衰えてしまった。

耳だけに頼るから、大切なメッセージが受け取れない
 そんな経験をしているだけに、やはり言葉だけに頼るコミュニケーションに違和感を覚えてしまうわけで。コミュニケーション、コミュニケーションとやたらと最近聞くけれど、伝える力よりも、実は伝え手を察する気持ち、相手のメッセージを受け取ろうとする力が、今の日本人には欠けているのかもしれない、と思ったりする。

 その人が何を伝えているかより、どんな言葉をどんなアクセントで発しているかと、耳からの情報だけに意識がいく。コミュニケーションには、五感が必要なのに、耳だけに頼るから、大切なメッセージを受け取れずにいるのではないだろうか。

 元NHKアナウンサーの山川静夫さんも、話に必要なのはテクニックではない、と語っていた。

 「私もね、若いころはうまくしゃべろうとか、気の利いたことを話そうとか、必死にテクニックに走っていました。でもね、今やっと話に必要なのは、そんなことではなかった、ということに気がついたんです」

 「よく会話は言葉のキャッチボールなんて言うでしょ? キャッチって日本語に訳すと、受け取る、ということですよね。だから人と話す時には勝手に投げるのではなく、相手が受け取ることができるボールを投げないとダメ。自分がカーブを投げたいとか、俺はこんな速い球も投げられるんだ、なんて、どんなに素晴らしい球を投げても、相手が受け取ってくれないと意味がない」

 「分かりやすい言葉で、分かりやすく話すことが一番大切なんです。そのためには、自分の足で歩いて、自分の手で触って、自分でにおいをかいで自分の身体で体験するしかない。体験を通して知ることは、人格を磨いていくことにもつながります。世の中いろんな情報があふれていますけど、自分で体感してほしいと思います。テクニックだのアクセントだの話し方だの、関係ないんです」

 プアイングリッシュでもいいじゃないか。少々、変なアクセントがあって、敬語が少しばかりおかしくともいいじゃないか。良い人材だと思えるなら、その自分の感性を信じればいい。下手だろうと、何だろうと、英語を使ってコミュニケーションを取ろうとする心意気があればそれはそれでいいじゃないか。

心に響いたものを受け止める力を高めるべき
 コミュニケーションに必要なものは、言葉を巧みに使うテクニックじゃない。ナレッジマネジメントの第一人者である米国のコンサルタント、ドン・コーエンも、「知識を伝える際に、理論や図、表などを駆使して立派なプレゼンテーションを行っても伝わらない。伝え手がそれを受け止める人に、何を、どうして、それを伝えたいかを、自らの経験に基づいて話すことが重要である」と常々指摘している。

 耳から聞こえたものではなく、心に響いたものを受け止める。グローバル化だの、英語の社内公用語化だの、外国人留学生の受け入れだのと言うのなら、同時に、自分たちの“受け止める力”も世界レベルに高めるべきだ。

 そういえば全日本空輸(ANA)の客室乗務員(CA)の新人だったころ、エコノミークラスで国内線から異動してきた先輩が外国人の乗客に食事のサービスをする時に、「豚肉にしますか? それともお魚にしますか?」と聞くのに、緊張のあまり、「アー・ユー・ピッグ(あなたは豚ですか)?」と言ってしまったことがあった。

 一瞬、私も周りの乗客も凍りついたのだが、その外国人の方は「ノーノー。アイム・チキン!(私は臆病ものです)」と切り返し、腕を口に持っていき、飛行機を怖がる素振りを見せた。

 その瞬間、機内に笑いが広がった。先輩CAは必死に謝っていたが、機内には穏やかな空気が流れた。

 こんなウィットに富んだことが言えること。こちらの方がグローバル時代に必要な力かもしれないけれど、プアイングリッシュも、ちょっとアクセントのある日本語も許せない日本人には、残念ながら、こんなウィット、通じるわけがないでしょうね。


目からうろこでした。
今まで自分は何を考えて勉強しいたのかと。

とにかくもっと現地に馴染むことに努力しようと思いました。



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2010.09.30 Thursday 07:56

ちょっと語ってみる

久々に日記。
更新してない間も細々と勉強はやってました。
ブログに記録するのはモチベーションになっていいけど、ただでさえ時間がないんだから、ブログ更新の代わりにセンテンス1つでも覚えればいいんじゃ・・・と気づきたくないけど気づいてみました(笑)
一度パソコンを開くと長いからな〜私。
これからはまとめて更新する形になると思います。

下の子が7ヶ月を迎えて、少しずつ楽になってきた部分もあるけれど、まだ難関はあった!!

それは

離乳食

巷では楽しんでやってる人も多いけど、まず料理を義務的に感じてる私にとっては結構面倒。
そして離乳食を始めてから結構便秘気味でして、ちょっとかわいそうなんです。
分かるわー、大人でも不快だもんね。

そしてさらに歯が同時期に生え始め、夜泣きの回数がいつにも増してすごい・・・

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育児って段取り通りいかないものです。
仕事ってやったことがそのまま返ってきて達成感や充実感を感じるけど、育児はそうはいかない。
誰も褒めてくれるわけでなく、やっただけの給料がもらえるわけでなく、やりかけの仕事があるのに、また仕事をたくさん作ってくれる2名のボスの下で黙々と働く奴隷です。
仕事でボヤいてる人がいると心の中で「育児よりマシ」と叫んでる私(笑)

とは言え、こうやって育児だけに専念できるのも外で働いてくれてる夫のおかげなんですけどね。
そういう感謝の気持ちは忘れちゃーいけません。

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英語が問題なく使えるようになりたい、ならなければ!という焦燥感はいつもいつも感じているけれど、それにフォーカスしすぎて、子供との関係が悪くなるのは本末転倒。
そもそも英語ができるようになりたい理由は海外生活の中で家族、自分を守るため、暮らしを豊かにするためじゃない・・・と反省しました。
子供ができる前にやっていたようなストイックさで勉強するのは無理なんで、形を変えてやろうと思います。
家事をやりながら、子供を抱っこしながら、もっと緩やかなムードでね〜

今日は家族より早めに起きてブログ書いてますが、昨日寝るのが遅かったからか、お邪魔虫が来なかったので、ブログがゆっくり書けたなぁ。
これだったら勉強できた・・・(苦笑)


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